
ASDの中学3年生。
勉強が得意だが、テストの朝になると
「行きたくない」と言って倒れこみ、動かなくなる・・・
なぜ?
その理由を本人なりに分析して、本人の言葉で語ってくれた
「中学1年、2年の時は勉強が好きだった。やっていて楽しかった。
あの頃は問題集もあっという間に終わらすことが出来た。しかし、今は受験間近というのに、3日たっても1ページも進めることができない。やらなければならないとはわかっているのだが、勉強をしたくない、やりたくないと思ってしまう。たぶん、今は受験のための勉強になっているからだと思う。受験のための勉強はやりたくない」と。
ASDの次女にとって、中学1年、2年の頃は自分から楽しんで勉強をしていた。
しかし、中学3年生の勉強は点数や、偏差値など評価として現れる。また、テストではスピードが求められる。特に好きだった数学では、スピードを求められることが苦手で、どちらかといえば一問をじっくり時間をかけて考えていたい。
考えることが好き、考えることが楽しいのだと。
ASDをもつ次女にとって、今の勉強は自分の中で納得できないことをやらされているだけであり、それがストレスとなっているようだ。
特に人と競争することが嫌いで、点数で自分の価値を決められるのではと考えてしまう次女には、この受験というシステムそのものが合わないのではないだろうかと思ってしまった。
勉強が出来る=テストを受けてほしい=きっと良い点数をとるはずだ。
それが見たい。これは、私自身のエゴになっているのだろう。
今の次女にはテストと言う言葉そのものが強いストレスの引き金になっているようだ。
実際の所、学校でのテストを全部受けなくても、入試さえ行くことが出来れば志望する私立高校は落ちることはないと思う。
ただ、私が心配しているのはこのままほとんど勉強しなくて今まで覚えたことを忘れてしまわないか?ということだ。一日1時間でもいいから勉強を続けてほしいと願ってしまう。
しかし次女はこうも言った
「もう、やりたいことしかやりたくない」と。
好きなものなら、どこまでも集中してとことんやれるのだが、好きに結びつかないものに変わってしまうと、やらされるものに変わってしまうともうできなくなる。
これはASDの特性である。
この先、勉強を好きに変え、そこからテストへと結びつけることができれば、またテストを受けられるようになるのかもしれない。
それにしても、次女の中学3年生がこのようになっていくとは夢にも思っていなかった。次女も長女のように、受験生らしく猛勉強して、次女こそは難関高校へ入学すると漠然と思っていた私。まるっきり違った未来が待っていた。
いつの日か、このような経験をしたことを良かったと笑って言える日が来るのであろうか。今はただただ、毎日を乗り越えることがしんどいと感じてしまう。
思春期×反抗期×発達障害=しんどい である…
次女自身もため息の連発で鬱のような状態
それをそばで見ているのはやっぱりしんどいな😔
受検が終われば少しは楽になるのかな?





