自ら考える子を育てたい  地方在住母の育児日記

子育ての失敗から学ぶこと 現在大学生の娘と中学3年生の娘

1学期の成績

中学不登校を経た次女は

なんとか高校に通う事が出来ました

 

1学期の欠席は10日間

ただ中間テストも期末テストも

全部受ける事が出来た👍

 

本来の学力よりも2ランク程下げた高校ではあるが、それでも高校で習う教科は難しいはず。

だが平均点は9割超えだった

 

体育は出来るものだけ参加する

出来ないものは見学にした。

 

5教科はどれも良く出来ていた

特に好きでもない社会

歴史総合100点(基礎しか出ていなかったそうだ)

公民99点(おしい!)

 

次女は客観的に見て、

記憶力が非常に良いように感じる

記憶力というか、思い出す力が高い

これを感じたのは高校入試の時だ。

半年ほど勉強をしていなかったのに、中学1年や2年で習った分野を忘れていなかったと語っていた。

 

また高校に入って初めて公民で倫理を学んだ

次女はこの分野に非常に興味を持った

哲学が面白いと言うのだ。

 

そしてもっともどハマりした教科が物理だ

学校では「物理基礎」をやっているが、

次女は家にあった姉が使っていた「物理」で勉強を進めていく。物理が1番楽しいと言う。

ただ、不思議な事に

全教科で物理が最も点数が低い💦

時間が足りなかったという

それでも、テストが終わった後は

あー楽しかったなー、この問題が1番良かったねって話している

元々人と競争するのが嫌いな次女

テストは競争ではなく、楽しんでやっているようだ

 

そんな次女の第一回

進研模試の結果が昨日見れた

全国偏差値70超え 

すでに第一志望の国立大学がA判定だった

校内偏差値はバグっていた笑

英数に関しては91となっていた

 

これには驚いた

すごく嬉しかった

次女を誉めた

 

でも、私はわかっている

大学に受かっても通えるかはまた別問題だと。

次女の第一志望は都会

 

電車やバスが苦手、

日光や騒音が苦手

突然のエネルギー切れからの鬱状態

さてさてどうやって一人暮らしをさせていけばいいのだろうか…

あと2年半ほどで、その答えを見つけていかなければいけない

 

 

 

私の就職活動

次女はやっぱり

バスに乗れなかった。

人混みが苦手な次女にとって満員状態のバスは

地獄だった。

匂いにも敏感

音にも敏感…

あちこちから聞こえてくる話し声、

次女の脳は休まらないのだろう。

ASD児が人混み苦手で、バスや電車に乗れないというのは、よくある事のようだ。

 

新しい定期を購入し、

少しの期待を抱いた私。

しかし、明日からはもう無理だ と言ったので、

すぐに定期券を払い戻した💦

 

そしてここから3年間、

また送迎生活が始まる。

中学とは違って、家から遠い高校への送迎はきつい。

 

もしも無事に通う事ができていたら、

夕方からバイトに行っていた職場で時間を伸ばしパートになろうと考えていたけど、どうやら無理そうだ😣

 

そこで、思い切って高校のそばで働くことを考えた。そうすれば一緒に行き、一緒に帰ることができる。一石二鳥⁉︎

条件は駐車場付き(車通勤可能な会社)

そして、学校のそばにある事

 

こんな条件の揃った会社で、

50間近のオババを雇ってくれる場所…あるのだろうか😅

 

それが、あったのだ‼︎

フルタイムで駐車場付き(^^)

決まるまで3ヶ月ほどは、2往復していたが、

晴れて6月中旬からは一緒に学校に(会社に笑)行ける事になった。

 

《初出勤の前日》

次女に何度も言う。

「明日はママ、初出勤だから、絶対に遅刻出来ないから、遅れそうだったらおいて行くよ」

「うん、わかった🙂」

「じゃあ、ママは明日早いからもう寝るね」

「おやすみー」

 

《初出勤日》

5:00起床

シャワーに入り、身仕度

自分と娘の弁当作り

朝✖️2(朝ごはんは車の中で食べます)

昼✖️2 

6:00次女起こす…

6:10リビングに到着→ぶっ倒れる

6:20もう用意しないといけないよ!

「…」

「今日はママ、大事な日なの!無理なら休んで‼︎」

 

「…やすむ」

 

というわけで

6:50   1人で出勤🚗

 

初出勤で思ったこと

むなしい。

次女の為に仕事を変えたのに、なんでこんな遠くまで、1人で来ているんだろう…

行かないなら、片道1時間の場所で就職しなくても良かったのに…

あー、なんだか、悲しいなー😮‍💨

 

たまたま、次女の体調不良と重なっただけ

毎日行けるまで、まだ回復出来ていない

それでも、

中学時代不登校だった、あの時より

ましなはず

 

そこに私は感謝をしないと

一気に求めてはいけない

 

うちの子はようやく

動き出した

動き出したばかりなんだから

 

その後も行けたり、休んだり

一緒にいけた日は

それだけで

嬉しくて心が晴れるんだ🤗

一緒にいけなかった日は

それだけで

辛い心が私を押しつぶす😣

 

自分のために働く

自分のための就職

もっともっと

自分軸に持っていかないと…

私はまだまだ、娘軸で生きてしまう

 

 

入学、しかし…バスに乗れなかった次女

無事に私立高校に受かった次女

レベルを大幅に下げた為、成績優秀者で合格。

特進クラスの中でも一番レベルが高いクラスに入ることが出来た。

この、一番レベルが高いクラスというのがとても大事で、

後でわかったのだが

このクラスは・担任の先生が他のクラスよりも良い先生で、

・各授業担当の先生も他よりも良いとされる選りすぐりの人選

・クラスメイトもレベルが高く、他のクラスに比べておとなしい子の集まりだった

このことは、次女にとっては居心地がよい環境であり、3年間ほぼ、メンバーは変わらないのでよかったなと思った。

 

当初、次女は自分一人で電車に乗って、駅でバスに乗り換えて学校へ行くと言っていた。

だから

春休みに定期券を購入し、お気に入りのキャラクターの定期入れを買って準備万端にしていた。

し・か・し

入学式の翌日、そう初めて次女が一人で学校へ行った日

やっぱり

なかなか帰って来なかった

悪い予感…

 

もう、帰ってきてもいいはずなのに…

私は、心配になり電話をすると

泣いていた

今どこ?

「今、やっと駅に着いた」

えっ?なんで?

バスに乗れなかった…

何本も見送ったと

満員で、あんなに人がたくさんいる中、入っていけない😭

 

でも、たくさん見送ったら、少し空いてきてようやく駅まで来れたと。

私は、頑張ったね!

偉かったねと、伝えたけど、、

次女は、

もう嫌やと…

 

この日は、1から3年生まで一斉下校。学校前のバス停に多くの生徒が集まる日。

次女が乗らないから、他の先輩たちが次々に乗っていき、バスはそのまま次女を置いて走り出す。そんな光景が次女の話から浮かび上がって来た。

 

なんとか、自宅近くの駅まで来れた次女。

もうぐったりしている。

そして、もう無理。

行きたくない、嫌やと

言って泣き出した。

 

中学不登校からの入学、そして頑張って行けた翌日

私は、ここであきらめるわけにはいかないと思った。

ある程度、想定内だった。

なぜなら、医者から言われていたから。

バスは乗れないかもと。

そして医師は言っていた。

「皆さん(思春期外来に通う子の保護者達)、送迎されていますよ」と。

 

やるしかない。

私は翌日から学校まで送り迎えをすることに決めた。

 

片道1時間

往復で2時間。

それを帰りも。計4時間送迎に時間を使う事になった。

そして、夕方次女を自宅へ届けてからアルバイトへ行く。

とてもしんどかった。

身体がもたないと感じた。

だから、私は 決めた。

次女の学校のそばで就職をしようと。

 

久しぶりの投稿 高校生になりました

日光が極度に苦手なASDの娘

中学不登校を経て

なんとか高校生を頑張っています。

 

ホテルに前泊してなんとか行けた受験

何もしなかった引きこもりの春休み

ドキドキの入学式

友達が出来なかった4月

もう行きたくないと泣いた日

そして、

良き先生に恵まれ

良き友が出来、

なんとかなんとか

1学期が終わった今

 

どう、今を生きているのか

 

やっと書くことができる状態になってきたので(私が…笑)

また日記感覚で、

書いていこうかなと思っています。

 

次女は動き出しました。

しかし、周りを知る事により、

自分が周りとは大きく違う感覚を持っている事、生きにくい体質だという事を感じ始めています。

 

ここをどう支えて行くのか…

これからの私の課題です。

 

子ども中心の自分から、自分中心の自分に変えていく

受検を終えた今、思う事。

中学一年生の夏、突然日光がダメになった次女。

その後、こだわりの強さも露呈し、病院を受診。

発達障害ASD自閉スペクトラム症)と診断を受けた。

次女は知的障害はなく、どちらかといえば勉強はできる方であった。昔の言い方では、

アスペルガー症候群と診断された。

幼いころから勉強が出来た故に、期待してきた部分も多かった。この子ならきっと○○高校は行けるはずと信じていた私は逆算してあれこれお金をかけて育ててきたつもり。

しかし

徐々に学校へ行けなくなり、不登校となってしまった。

最初はなぜ?すぐになんとかしなければといろいろ調べてずっと考えていた。

私は職を辞め、

毎日を1人でもがき苦しんでいた。

 

あれから二年以上たち、不登校ながらも無事に受験を終えた今、

私なりに大きく意識が変わったことを書いておきたいと思った。

自分の考え方が180度変わったかもしれない

それまでは、

  • 学校は行かなければいけないものだと思っていた。しかし、行きたくないなら行かなくてよいと話す多くの大人に出逢い徐々にだが、世の中に対する見方が変わっていった。
  • 偏差値が高い学校へ入れることが、子育ての成功の証だと思っていた。しかし、子供の幸せは学校のレベルで決まるわけではない。勉強が全てではない。ましてや人の価値を成績なんかで決めてはいけない。笑顔で毎日を楽しく過ごすことができること、これだけで良いのだと思えるようになった
  • 子どもに自分のすべてのアンテナを向けていたのを辞め、自分自身にアンテナをむけることが、結果的に親子に良い影響を与えるのだとわかった。子どもの人生と親の人生は全く別物なのだ。子供は自分の作品ではないと。気づけば自分もアラフィフ。その後の人生について真剣に考え始めた。すると、子供のために仕事を辞めたけれど、今度は自分のために再就職をしようと思えた

20年程、子育てをしてきて、私はずっと子供だけを見ていた。

自分ではなかった

そこに気づけたのは、次女が発達障害になったからなのかもしれない。

もし、次女が不登校にならずに偏差値の高い高校へそのまま進学する人生を歩んでいたら、私は物の見方を片側からしか見ることが出来ない狭い人間のままだったであろう。

次女のおかげで、自分自身の人生を見つめなおすことができたことに感謝したいと思う。そして、考えすぎが一番だめで、考えることを手放すことを選んだ時、すごく楽になった。それでも、もちろん考えてしまうのだが…そんな時に仕事をしていると一旦忘れることが出来るのだ。

今はなるべく、自分がやってみたい、食べてみたいという欲に素直に向かって行こうと思っている。悩むより、直観を信じて進むみたいな。

 

正直、アスペルガーの子と一緒にいるとしんどいと感じることがある。

機嫌が悪くならないように気を使ってしまう時がある

でも、まだまだ成長段階

学校に行けないけど、ショッピングセンターに行くようになったら

1人で買い物ができるようになったと喜んでいた。

そんな小さなこと、あたりまえのこと

でも一歩前進

そのつみかさね

これからも、この子と生きていく

その為には母も程よい距離感を大切に一歩前進していく必要があるのだと思った

  

 

入試一週間前、ASD次女に起きた異変

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無事に入試に行くことが出来たので、書くことが出来てます😅

ASDの次女、入試一週間前にいろいろと体の異変を訴えてきました。

それを書き記しておこうと思います。

 

  • 夜、髪の毛を乾かしながら、自分の髪の毛が汚いと言い出す

 ボサボサでこれは異常だと。こんな人はいないと。

→私から見れば普通。急に気になり出した。

本人は縮毛矯正しないと治らないと言う。私は次女はまだもっていないヘアアイロンを受験が終わったら買ってあげるねと言う。

 

  • あれ食べたい、これ食べたいの要求がすごくなる

 甘いものが多かったように思う。

→出来る限り叶えてあげるようにした

 

  • 朝は起きれず、夜は鬱状態になる

特に夜の鬱状態は焦点が合わず、ため息も多い

→あまりかまわないようにして、私自身は普通に過ごす。

ここまで来たら学校へ行くようには言わないようにした。

むしろ、行って疲れるくらいなら行かないでいてほしいと思っていた

 

  • 体があこ痛い、ここ痛いって言い出す

日によって部位が違う

→受験が終われば治るよと言って、私はあまり気にしないようにしたが、あまりにもうるさいので、整体には連れて行った。

この頃、親以外の人とは話していないので、外に出るきっかけになると思ったから。

しかし、整体の帰りに人が多い店に寄ると、逆に疲れてしまった

 

  • 大好きなゲームセンターに行きたがる

平日の昼間のゲームセンターはすごくすいている(当たり前だ😅)

以前は、みんなは学校に行っている時間だよ、絶対にダメ。補導されるよって言って許さなかった私だが、これも外に出るきっかけになるかなと思い、またストレス解消のために短時間だけ連れて行った。

次女はユーフォーキャッチャーが得意で、好きなアニメキャラのぬいぐるみをゲットして喜んでいた。

 

  • 寒さを感じない

これはもともとある症状

これだけ毎日寒いのに家の中ではずっと半袖短パンで過ごし、部屋の暖房もつけようとしない。しかし、体は確実に冷えている状態で、なんとか長袖を着せるのに苦労した。

 

  • 耳の異常

突然、片耳だけ自分の声が響いて聞こえると言い出す

来週早々に耳鼻科へ連れていこうとおもっている→受験が終わったら気にならなくなった

 

 

今、振り返って思う事は

次女なりに追い詰められていたのだと思う

もともともっている感覚過敏の症状がひどくなったようだ

精神的にもものすごく不安定だったと思う

 

ASD児にとって入試直前の異変の数々は

思い込み+こだわり+不安のはけ口が重なっているのだと思う

 

入試まであと少し、

私がいちいち言わなくてもよくわかっているはず

だからこそ、緊張、恐怖、プレッシャーが限界に達してそれらはサインとして現れるのだろう。

不安の対象がころころと変わっていくのもASD児あるあるなのかもしれません

親はこれを決して否定せずに、でも、すべてを叶えようとしてふりまわされないようにもしなければなりません。

本当に難しいですし、しんどいです。

 

これらがASD児のあるあるだと思って、次女の「最後の揺れ」だと思って

受け止めていくことが大事です。

私が気を付けたことは

  • ここまで来たら勉強しろとは決して言わない

 どれだけ寝ていても、YouTube動画見ていても、笑っていてくれることが一番だと

 思う。今、一番大事なのは、メンタルであるから。

  • 学校を休んでもいいと思う

 家で少しでも勉強できているならそれでOK

 むりやり、嫌だと感じている学校へ行かせて疲れてしまうのを防ぐことができる

  • 朝は起こすが、叶わなくてもよしとする

 本人が「入試は行く」と言っている以上、その日だけは起きれると信じてあげる

 LIVEの日だけ早起きできるのと同じだと思う

  • 入試を重く考えない

 友達が言ってくれた言葉「一種のイベントだと思って楽しんできたらいいよ」

 この言葉が私にはすごくしっくり来た。

 次女は競う勉強は嫌いだが、学問そのものは好き。面白い問題に出会うと楽しそうな顔をするのだ。

  • 一緒にいるとしんどくなる時は私がでかける

 

これが私が心がけたこと

こうやって、無事に高校入試を乗り越えることができました。

 

不登校次女、高校入試に無事に行きました!

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久しぶりの投稿です。

 

本日は私立高校の入試日。

 

3学期になってからずっと朝起きれず…

一日も授業には出れていません

前日までに、上履きだけは取りに行かなければいけなかったのに、それすら行けれなかった次女。結局私が学校まで取りに行きました。

前日に近くのホテルに移動。

昨夜は早くに寝かせました。

それでも、前日までは起きれた朝はなかった。

ただ、次女は「入試は行く。大丈夫」と言う

ついつい、「大丈夫なの?本当に起きれるの?」って言ってしまいそうになるが、そこをぐっと我慢、我慢。

何も言わない、何も言わない。。

ただ信じるのみ。

私の人生ではない、あの子の人生。

私ができることは、栄養のあるご飯を作る、ホテルを用意して、朝、車で無事に連れて行く。

支えることだけ。

 

とはいえ、昨日まで、

いや、今朝まで

本当にしんどかった。

 

昨日は塾があり、塾だけは行きたいというので

塾に連れて行き、ホテルに着いたら21時。

すぐに寝かすために次女だけシャワーに入らせ、私はやめておいた。

私は朝、お弁当にいれるおにぎりを買いに駅まで行きたかったから

私自身、すごく神経がはっていてなかなか眠れなかった

まだ寝ている次女を置いて、独りホテルを出たのが5時50分

おにぎりを買っている最中に長女から電話が来た。

ちょうPayPayを支払う時という、タイミングの悪さだったが(笑)長女の気遣いが嬉しかった。

部屋に戻り、ゆっくりと次女を起こす。

起きた😃でも、頭が痛いという😱

薬をのませ、買ってきたおにぎりやら持ってきたインスタントの味噌汁をホテルでつくってあげての朝ご飯。

ゆっくりゆっくり準備をする次女

試験の会話はしない

テレビをつけて、テレビの会話

私はその間、持ってきたタッパーにおにぎりやら先ほど一緒に勝った唐揚げ、家から持ってきたソーセージ、イチゴなどを入れてお弁当を作る

出発は予定よりは30分遅くなったが想定内

最初から早めの時間を設定しておいてよかった😌

 

久しぶりに学校のかばんをかづいた次女は「重っ‼」ってい言っていました😅

 

車での移動時間もそこまで長くなく次女はいつも必ずしていた二度寝はしませんでした👍

 

「いってらっしゃい!」次女が自分で高校に入っていく姿を見ていました。

高校の玄関で待ち受ける先生が、次女を見てうれしそうだったのが印象的

 

次女は車の中で「あー、これで終わった」とまだ受ける前ですが

解放感いっぱいでした😅

確かに、会場にさえ無事に着くことができれば次女は余裕で合格するレベルの学校です。

私立専願。これが次女が選んだ道。

公立は受けないので、これで受かれば終了となります。

私の最大の仕事は無事に会場に連れて行くことでした。

 

あー、よかった!今はこれ以外の感情はありません

私だけではなく、主人も長女も祖父母も私の兄弟たちも先生も、みんな

あーよかったなんです😊ひとまずは!!

 

春からですよね。

春から、が大事。

春から、ちゃんと一人で、電車とバスに乗って通えるのか。。

考えれば心配はつきません

 

でも、今はしばらく次女と一緒に解放感に浸りたいです。